ハゲる前は髪の毛フサフサ!松山千春はなぜ“スキンヘッド強面”に変身したのか

今となってはスキンヘッドにグラサンと、強面の歌手と知られる松山千春。

しかし、昔の松山千春は髪の毛フッサフサ、さらに現状とは異なって怖いイメージをなかった。

それがスキンヘッドにして以降、過激な発言と鈴木宗男との黒い交際が話題に。さらにそれらをすべて否定しないそのスタンスはあまりにも危険。

が、ハゲる前の松山千春は発言こそ独特だったものの、その風体は優しい男そのものだった。

では、昔の髪の毛があった頃の彼と現状の彼でははたして何が違うのだろうか?

今回は松山千春の変貌についてまとめた。

昔は髪の毛フサフサ!ハゲる前の松山千春と現在

松山千春のプロフィール

no title

松山千春(まつやま ちはる、1955年12月16日 – )は、日本の男性フォークシンガー。北海道足寄郡足寄町出身。身長170cm。体重55kg。血液型はO型。いて座。

不祥事
2007年2月12日夜、京都市下京区の指定暴力団会津小鉄会の図越利次会長就任10周年記念パーティに招かれ、その場で3曲歌っていたことが京都府警の調べで判明した。

引用:Wikipedia


Focus 1: 鈴木宗男との強い絆・・・ハゲる前の髪の毛フサフサの松山千春における変化

 

no title

他の追随を許さない圧倒的な歌唱力と歯に衣着せぬ物言いで、日本の芸能界に独自のポジションを築く松山千春。その豪放磊落、唯我独尊な生き様は唯一無二である。

松山千春は、かねてより(芸能人ならあって然るべき)黒い父際もオープンにしており、親交のあるヤクザ絡みの冠婚葬祭では義理を欠かさず、ついには指定暴力団組長の就任10周年パーティーで持ち歌まで披露してしまうなど、がベテラン演歌歌手も真っ青なダークな交友関係でもお馴染みだ。

ヤクザ以外にも、帝王と称される食肉業界の超大物との家族ぐるみの交際など、その特異な人脈は枚挙に暇がない。

しかし、何といっても松山千春の関係者で忘れてはならないのが鈴木宗男である。

 

画像: 鈴木宗男

no title

その蜜月関係の歴史は古く、鈴木宗男が初めて国政に挑戦した昭和58年の衆院選の際にも、当時、既にスターとなっていた松山千春は鈴木宗男の応援演説で選挙区中を飛び回っていた。

鈴木宗男といえば、地元北海道では絶大な人気を誇る政治家だが、後に犯罪者として有罪判決を受けるた辻元清美から「疑惑の総合商社」と指摘される程の人物。実際に受託収賄・あっせん収賄・政治資金規正法違反・議院証言法違反で実刑判決を受け収監されることとなるのだが、この際も松山千春は鈴木宗男を擁護している。

ハゲる前の髪の毛がフッサフサの松山千春を知らない世代は、こうした危険な交友関係や言動についても「あのヤバそうなオッサンなら想定内」と思うだろう。

 

画像:髪の毛がフサフサだった昔の松山千春(ハゲる前)

no title







だが、髪の毛がフサフサでロン毛で華奢で細面の優男だった昔の松山千春、一脚のパイプ椅子と一輪のバラの花だけのステージでオーベーションのギターを二本指で爪弾く松山千春を知る世代にとっては、心身共にマッチョ化していく彼の変貌は驚き以外の何物でもなかったはずだ。

一体、何が松山千春を変えていったのだろうか?


 

Focus 2: 松山千春が強面になった理由~少年時代の清貧な体験~

 

no title

松山千春の実家は地元の足寄町で「とかち新聞」という新聞社を経営していた事は広く知られている。ただ、新聞社とは言ってもスタッフは松山千春の父親が一人だけ。

記憶が正しければ発行は10日に1回ペースという超零細新聞社だ。

昭和の不思議101(ミリオン出版)のライターによると、昭和”年代半ばに同社を見学したことがあるが、社屋は千春マネーで改築されていたとはいえ、一戸建て住宅程度の大きさ。そこには、一人黙々とピンセットで活字を拾う松山千春の父親の姿があったという。

ビジネスとしては非常に厳しかったであろうことは誰の目にも明らかだったとのことだ。

北海道の田舎町で、儲かりもしない新聞社を運営する松山千春の父は、当然ながら反骨の人。町長の不正を暴いたことで、嫌がらせを受けたり、圧力を掛けられ部数が激減したこともあったという。

逼迫する家計を助けるため、松山千春も納豆の行商をしていたそうだ。その時の貧乏体験が彼の人格形成に大きな影響を与えたのは間違いないだろう。

少年だった松山千春は正義の無力さを、清貧の辛さを痛感したはずである。

高校の先輩後輩の間柄を超えた鈴木宗男との親密な関係も、たとえダークな側面があろうとも、地元に多大な利益をもたらす鈴木宗男の圧倒的な力に惹かれたからではないだろうか。

綺麗事だけでは食えないことを身をもって知る松山千春にとって、鈴木宗男の底知れぬバイタリティは眩しく映ったはずだ。

一連のヤクザとの黒い交際も同様の理由からであろう。

清濁併せ持つ人間の本質を悟り、それらを全て包み隠さず飲み込むことで、松山千春は只のシンガーソングライターから、一段上のステージに昇華したのである。


 

Focus 3: 髪の毛フサフサだった昔の松山千春が消えた日

 

no title

髪の毛があってハゲる前の昔の松山千春から現在の姿になってからの注目すべき点は、スキンヘッドに休日のチンピラ風ファッションという、非常にワイルドなビジュアルになった後も、彼の音楽的な世界観は何ら変わらなかったという点だ。

全盛期と同様の高いクオリティの楽曲と美声には昔からのファンも胸をなでおろし、それどころか「ヤグザみたいなルックスなのに歌が素敵!」すなわち「あどけない顔なのに淫乱」的なギャップは、新たなファンの獲得にも貢献した。

松山千春と同様、長測剛も面容が激しく変化したフォーク歌手だが、長測の場合は見かけの変化に音楽面も追随してしまった事が松山との大きな違いである。

「セイ!セイ!」という男らしい叫びでカリスマ的人気を得る一方、音楽的には少々バイアスのかかった評価を受ける結果となった。

どちらが正解かは受け取り方にもよるが、やはり松山千春のほうが一枚も二枚も上手であろう。

だからこそ黒い交際が発覚した後も、島田紳助の様に石もて追われることもなく、松山千春は今日も芸能界で輝き続けていられるのだ。

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

最新記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PickUp

sponsored Link

Watch the new world

Twitter @ infocatcher1

Entertainment



Bestseller



return top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。