リアル矢吹丈!忽然と消えた青木勝利の現在【ボクシング】

ボクシング黄金時代の昭和30年代、リアル矢吹丈とでも言うべき破天荒なボクサーが実在した。

ボクシング漫画「あしたのジョー」を地でいく破天荒なボクサー青木勝利をご存知だろうか?

メガトンパンチと恐れられた破格のパンチを持ちながら、無類の練習嫌い、そして信じられないことに試合前日でも飲酒していたほどの酒好き。

世界戦のリングでは当時無敵のバンタムと伝説化されたエデル・ジョフレと対戦。

3R、ボディブロー一発で倒されるが、一度はジョフレをグラつかせる見せ場も作る。

引退後は無銭飲食などの軽犯罪を繰り返し、いつしかボクシング界から消息を断った・・・。

そこで今回は矢吹丈のモデルになったと言われる青木勝利の現在をまとめた。

リアルボクシング界のジョー・青木勝利の現在

青木勝利のプロフィール

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青木勝利(あおき かつとし、1942年11月28日 – )は、日本の元プロボクサー。東京都杉並区出身。三鷹ジム所属。東洋バンタム級王者。

「メガトン・パンチ」と称された強打と抜群のセンスで、当時の日本記録である7連続KO勝ちを達成、ファイティング原田、海老原博幸と並び「三羽烏」と呼ばれた。世界を狙える器と期待されながら、練習嫌いがたたり浮き沈みの激しいボクサー人生だった。

引退後は没落し、窃盗や無銭飲食で新聞紙上を賑わした。1986年のテレビ番組において、八丈島で兄と生活していることが報道された。

引用:Wikipedia 


Focus 1: リアル“あしたのジョー”青木勝利というボクサー

 

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青木勝利は、昭和の名ボクサーとして必ず名が挙がる逸材である。

リアルタイムで青木勝利を見た世代の人々は口をそろえてこう語る。

 

「あんなパンチ、見たことない」

 

青木勝利の左ストレートにはメガトンパンチの異名がつけられていた。そして、マンガ『あしたのジョー、』のモデル説がある。

同じバンタム級とは言え、青木勝利はサウスポーで矢吹丈は右構えだが、熱狂的なファンの間では青木モデル説がまことしやかにささやかれている。

あまり知られていないのだが、青木勝利は少年院の教科の課程でボクシングと出会った。まさにあしたのジョーの矢吹丈である。

昭和35年、青木勝利18歳の春、三鷹ジムの門を叩いた。

わずか2カ月後にプロデビューし、20歳の誕生日を目前にして東洋王者となった。この事実だけでも、恵まれた才能の一端がうかがえる。だが、青木の物語は栄光だけで彩られることはなかった。

練習嫌いとして知られた青木勝利はジムの合宿所を出て羽をのばすようになってから、酒を飲んでジムヘやってくることがあった。それだけでなく、重圧に耐えかねたのか、試合前に行方をくらませることもあったという。







酒は逃げ場所だったのかも知れない。

試合前日にも酒を飲み、リングに上がることもあったという。


 

Focus 2: 世紀のノンタイトル戦「青木勝利 VS ファイティング原田」

 

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巡って来た世界挑戦の相手は、黄金のバンタムと呼ばれたエデル・ジョフレであ
る。結果はボデイを打たれての3ラウンドKO負け。

このときも、青木勝利は酒臭い息で戦っていたという。

続く試合で青木は東洋王座をKO負けで手放すのだが、そこから再び連続KOで不死鳥のように甦った。

そして、ふたたび大舞台が用意された。

オリンピックの熱狂の余韻がさめやらぬ昭和39年の東京で、青木勝利は同時代の英雄・ファイティング原田との世紀のノンタイトル戦にのぞんだのである。

このとき元世界フライ級王者で日本初の一階級制覇をめざしていた原田は世界バンタム級1位、青木はふたたび東洋バンタム級王者に返り咲いていた。

世界タイトルも東洋タイトルも1つしかなかった時代である。

屈指の好カードは蔵前国技館に1万1000人の観客を集めた。

だが、青木勝利は精彩を欠いた。

原田の連打に押されながらジリジリとロープを背負い、ダウン、ダウン。最後は原田の右を浴びて、背中からパタンとリングに倒れて伸びた。敗因は拳の負傷だとも言われたが、才能はすでに錆びついてもいた。

これ以降、主目木はまるでだらしないボクサーに成り下がった。

5連敗、2連敗、3連敗。

キャリア晩年の青木勝利の足跡は見るも無残である。

一方、青木に勝った原田はバンタム級を制覇して2階級制覇の世界王者として栄光を極めた。

光と影のコントラストはあまりに鮮烈である。


 

Focus 3: 気になる青木勝利の現在

 

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青木勝利のラストファイトは原田戦から3年後である

不甲斐ない判定負けだった。

『あしたのジョー』は、青木勝利の引退と入れ替わるように連載が始まった。

ジョーは青木の再来だった。だがファンは悲しい現実とも向き合うことになる。忘れた頃に青木は新聞紙面に登場した。

窃盗、無銭飲食……。
犯した罪が何とも切ない。

もし青木勝利に丹下段平がいたら、才能をすべて燃え尽きさせることができただろうか。

その想像も今は虚しい。

長らく知れなかった青木勝利の消息は現在から30年ほど前に都内から遠く離れた八丈島で伝えられた。

現在、生きていれば70代半ば。

だが今現在、青木勝利はもうこの世にいない。

関係者によれば、昭和のボクシング史に燦然と輝く稀代のハードパンチャーは現在から数年前に病で他界したという。

 

参考文献:昭和の不思議101

 

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