日本の昭和を震撼させた「未解決事件」8選

殺人をはじめ、強盗、誘拐、脅迫、行方不明・・・。

ここ昭和の日本ではさまざまな事件が発生したものの、その一部は解決せずに迷宮入りとなった。

「警察の敗北」として語られる昭和を代表する未解決事件だが、その原因は初動捜査のまずさにあったのか?あるいは犯人の完全犯罪だったのか?

私たちはこれら日本の昭和に起こった未解決事件を、決して忘れてはならない。

そこで今回は日本の昭和未解決事件をまとめた。

Focus 1: 日本昭和の未解決事件1「帝銀事件」

 

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新犯人は誰なのか?今なお冤罪説が根強い「大量毒殺未解決事件」

1948年1月26日、厚生技官を装った男が東京都豊島区の帝国銀行椎名町店を訪れ、「近くの家で赤痢が発生した。予防薬を飲んでもらいたい」と言って行員16人に青酸化合物を飲ませ、家12人が死亡する事件が発生した。後に捜査の鍵となった名刺から、画家の平沢貞通が逮捕された。平沢は犯行を否認したが、後に自供。その後は一貫して否認を続けていたが死刑が確定。だが、刑は執行されぬまま32年間獄中で暮らし、ついに肺炎を患って平沢は八王子医療刑務所で病死。

この日本昭和を代表する未解決事件では犯行に使われた青酸化合物が「青酸カリ」とされていたが、専門家の間では「シアノゲン」ではないかと噂されていた。それは血中の青酸濃度が青酸カリを用いるよりも著しく高かったためである。もし、そうであれば一介の画家には入手不可能な劇薬。事件当初の感覚を軍部にいた人物」と言う別の船が真実だったのかもしれず、平沢冤罪説は今も根強い。


 

Focus 2: 日本昭和の未解決事件2「旧国鉄3大未解決事件」

 

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国鉄労組と共産党巻き込んだ闇

旧国鉄(元JR)を舞台に起きた昭和の3大未解決事件といえば、なんといっても下山、三鷹、松川の3大事件である。1948年、国鉄職員100,000人と言う大量人員整理が発表された。国鉄労組は首切りに強く反発し、翌1949年の総選挙で日本共産党が大躍進。

3事件は、いずれもこの1949年に起きた未解決事件で、まず7月5日に国鉄の下山総裁が轢死体で発見された「下山事件」が発生。同月15日には中央線三鷹駅で6人で車が暴走して6人が死亡する「三鷹事件」が、8月17日には東北本線の列車が何者かに脱線転覆させられ、乗務員3人が死亡する「松川事件」が連続発生した。1連の事件で検察はいずれも国鉄労組と日本共産党員を関連づけて有罪にしようとしたが、警察による自白強要などが明るみに出て、結局すべてが未解決事件となった。


 

Focus 3: 日本昭和の未解決事件3「三億円事件」

 

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現在の生活で10億円を奪った市場空前の窃盗未解決事件

1968年12月10日、日本信託銀行国分寺支店から東京芝浦電気府中工場へ、従業員のボーナス約3億円が入ったケースを乗せた現金輸送車が出発した。やがて車が府中刑務所裏に差し掛かったところ、突然白バイが現れ、「車に爆弾が仕掛け練られている」と言って銀行員を現金輸送車から降ろす。偽装警官は発煙筒に点火して煙を出して銀行員を車から離れさせると、そのまま現金輸送車を運転して逃走。現在の生活にして約10億円を奪ったこの日本昭和を代表する未解決事件は、日本犯罪市場空前の窃盗事件として伝説になった。

この昭和の未解決事件は結局、延べ170,000人もの捜査員を投入し、過労による殉職者2名を出した甲斐もなく、1975年12月に時効となった。


 

Focus 4: 日本昭和の未解決事件4「青酸コーラ殺人事件」

 

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毒入りコーラを使った無差別殺人未解決事件

1977年、品川駅周辺の電話ボックス等に置かれたシアン化ナトリウム(青酸ソーダ)入りコーラを飲んだ16歳の男子高校生と男性サラリーマン2名が死亡する事件が発生した。さらに近くで一本の青酸入りコーラを発見。







そして事件から1ヵ月後、大阪で青酸コーラを飲み、危うく命を落としかけた男が後日、ガス自殺してしまうと言う謎めいた事件が発生した。大阪の自殺者と品川駅周辺の青酸コーラ事件は、果たして関係があったのかなかったのか?誰が被害者になるかもわからない不特定多数を狙った無差別殺人事件だったが、犯人は結局不明のまま1992年1月4日に時効となった。


 

Focus 5: 日本昭和の未解決事件5「グリコ森永事件」

 

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食品メーカーばかりを狙った連続企業脅迫事件

1980余年3月18日、江崎グリコ社長宅に3人組の男が押し入り、入浴中の江崎社長を誘拐した。脅迫状で現金10億円と近海100キロを要求したが3日後に社長が自力脱出。怒った犯人は続いて「グリコの製品に青酸ソーダ入れた」などと書いた脅迫状を新聞社に届け、全国の店頭からグリコ製品を消したのである。

この間、さらにグリコ関連施設も放火。最後は「グリコ許したる」との手紙を届けて休戦宣言したが、その後も丸大食品、森永製菓などの食品メーカーにも同様の脅迫状を届けて社会を不安に陥れた。

結局、2000年までにすべての事件で時効成立。警察庁広域重要指定事件としては、初めて犯人を検挙できなかった日本昭和を代表する未解決事件となった。


 

Focus 6: 日本昭和の未解決事件6「赤報隊事件」

 

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「赤報隊」を名乗る謎の犯人が起こした連続テロ事件

1987年1月24日、朝日新聞東京本社に散弾2発。5月3日、同社阪神支局が襲撃。9月24日、同社名古屋本社寮に目出し帽の男が侵入し、無人の食堂のテレビ、隣のマンションの壁に散弾各1発。88年3月11日、朝日新聞静岡支局の駐車場に目覚まし時計を時限装置にした手製爆弾が発見されるも不発。同日付の消印で竹下登首相(当時)と中曽根康弘前首相あての脅迫状。8月10日、元リクルート会長江副浩正宅の玄関に散弾1発。90年5月17日、名古屋市内の愛知韓国人会館の出入り口付近で放火。

声明文には朝日新聞に対し「半日朝日は50年前に帰れ」、竹下、中曽根への脅迫状には「貴殿が8月に靖国参拝をしなかったから、我が隊の処刑リストに名前を載せる」「靖国参拝や教科書問題で日本民族を裏切った」といった一文があった。この一連の「赤報隊事件」で朝日新聞社阪神支局の記者2名が散弾銃で死傷したが、犯人は未検挙のまま2011年7月17日に時効となった。


 

Focus 7: 日本昭和の未解決事件7「”悪魔の詩”訳者殺人事件」

 

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イスラム教指導者による宗教令が実行された?

1991年4月11日、マーン・ルシュディーが書いた小説「悪魔の詩」を翻訳した筑波大学助教授が、大学構内で惨殺されるという事件が発生した。原書は88年の発表だが、内容がイスラム教、特に教祖のムハンマドを侮辱しているとして、イランの最高指導者が「作者を殺害せよ」と言う宗教令を89年に出していたのである。

凶器は半月刀で、犯行現場となったエレベータホールは血の海。切り付けられた首はちぎれかかっていたと言うから、まさにイスラム教徒による承継を思わせるに十分であった。他の理由で殺された可能性もあったが、結局は犯人不明のまま2006年に時効となった。


 

Focus 8: 日本昭和の未解決事件8「名古屋妊婦切り裂き事件」

 

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切り裂いた臨月の腹に電話機を入れた猟奇事件

1988年3月、愛知県名古屋間のアパートで、会社員の夫が帰宅すると室内で臨月だった妻が殺され、赤ん坊が泣き叫んでいるの発見した。犯人は妊婦を絞殺後、胎児を着たまま取り出してへその緒を刃物で切断。子宮内にプッシュ式電話の受話器と、キャラクター人形のついたキーホルダーを入れ、財布ばって逃亡した。

第一発見者となった夫の犯行も疑われたが、有効な手がかりがないまま2003年3月に時効が成立。世間の好奇の目にさらされ続けた夫と子供は事件後、国外に移住した。

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