元JAYWALK中村耕一の現在~薬からの脱却と再起~

あなたは元JAYWALKのボーカル・中村耕一を覚えているだろうか?

彼もまた、覚せい剤に人生を狂わされた芸能人の一人だ。

中村耕一は覚せい剤を摂取するとやがて薬物中毒に陥り、それを所持していたとして逮捕される。その後、JAYWALKから脱退すると薬物治療の専門クリニックに通院。現在は薬物からの脱却と共に細々とライブを行っているようだ。

これまでに中村耕一は幻覚症状に悩まされながらも、内縁の妻である矢野きよ実と生活を共にしてきた。

そこで今回は現在、主夫として生活している元JAYWALK・中村耕一についてまとめた。

元JAYWALK中村耕一、薬物逮捕から現在までの経緯

元JAYWALK 中村耕一のプロフィール

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中村耕一(なかむら こういち、1951年2月15日 – )は、日本のミュージシャン。北海道出身、元JAYWALKのメンバー(ボーカル、ギター担当)。

経歴・人物
北海道出身。函館で音楽活動開始。1980年、J-WALK(現・THE JAYWALK)結成とともに参加。1981年にデビュー。1993年、当時のヒット曲『何も言えなくて…夏』で第44回NHK紅白歌合戦に出場した。

2011年3月10日を以て、結成から30年在籍したJAYWALKを脱退した。

中村在籍時のJAYWALKは、彼の風貌や一部の曲の曲調から「和製 Alabama」と称されることがあった。

犯罪・逮捕歴
1977年(月日不明)、大麻を所持していたとして大麻取締法違反で逮捕され、同年8月22日に函館地方裁判所で懲役1年6ヶ月、執行猶予2年の有罪判決を言い渡される。

2007年6月8日、乗用車内に刃渡り8.5cmのアーミーナイフを所持していたことから、同年12月28日、銃刀法違反容疑で書類送検。

2010年3月9日、都内路上に止めた乗用車内で、覚醒剤を所持していたとして覚せい剤取締法違反(所持)で逮捕。

引用:Wikipedia


Focus 1: 元JAYWALK中村耕一、空白の2年間を告白

元JAYWALK中村耕一が激白!“何も言えなかった2年間”の真相

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「何も言えなくて…夏」の大ヒットで知られたロックバンド、JAYWALKの元ボーカル・中村耕一(62)が覚醒剤を所持していたとして逮捕されたのは2010年3月。懲役2年執行猶予4年の有罪判決を受け、バンド活動も止めていたが、今月から音楽活動を再開した。“何も言えなかった2年間”を本紙に激白する。

「拘留されたときに、もう音楽をやめるしかないと思ったんです。自分にとっての最大のペナルティーが、自分から音楽を取り上げることでした」

自ら犯した罪のせいとはいえ、何もかも失って丸2年間、音楽を封印する生活を続けた。

「何か音楽以外の生業を見つけなければと思って、コンビニに置いてある求人誌を見たり。でも、年齢的にひっかかってしまうんですね。自分には何もないんだな…と思った」と振り返る。

日々、家族のために食事を作る主夫生活。東日本大震災の被災地でボランティア活動にも没頭したが、音楽への想いは断ち切れなかった。

再始動の大きなキッカケとなったのはミュージシャン、三宅伸治(51)との出会いだったと話す。三宅は忌野清志郎、仲井戸麗市、木村充揮、ザ・ハイロウズ、斉藤和義ら様々なアーティストとの交流やライブ活動で知られる。

「昔からあまり他人のライブには行かないんです。ましてや事件を起こしてますし、最初の1年は人の多い所に出ることも控えてました。それが音楽が渦巻いている空間に身を置くなんてありえない。断ったんですけど、なかば強引でした」

ライブに中村を連れ出したのは事実婚状態にあるタレント、矢野きよ実(50)だった。3年間、カウンセリングにも一緒に通い、家族として、マネジャーとして中村を支えている。

「あれがなかったら……伸ちゃんとの出会いがなかったら、今も悶々と悩むだけの日が続いていたと思います」と、矢野の内助の功と三宅に感謝してもしきれない思いだ。

今月27日に三宅のプロデュースで発売されるアルバム「かけがえのないもの」(発売元・Majix)では、初めての作詞にも挑戦した。







「自分には詩は書けないと思っていた。でも、伸ちゃんが『1曲だけ絶対に書いてくれ』と。たとえ稚拙でも書こうと思ったら、自分の胸のなかにあるものを出せることを知りました。あとは、それをどう歌うかです。今回のアルバム作りで新しい自分の発見もたくさんあって。おごったように聞こえるかもしれないんですけど、今、自分に期待しているんです」

偶然にもインタビュー当日(18日)、元五輪体操選手の岡崎聡子容疑者が、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで6度目の逮捕を報じられた。

「復活ライブ(17日)前の記者会見で、何度も報道陣から再犯の可能性を聞かれました。ああ、こういうことがあるからなのか、と。でも僕のなかでは、ありえません。絶対に考えられない」

力強く断言した中村。

「僕のなかでは、復活というよりも、再デビューのような、新たな気持ちでのスタートです。多くの皆さんに、感謝しています」

二度とファンを裏切ってほしくない。

現在、三宅伸治とともにライブツアー中。22日=神戸・ウィンターランドをはじめ、仙台、石巻、いわきなど東北公演も控える。詳細は「中村耕一オフィシャルサイト」で。

ソース:Zakzak 


Focus 2: 元JAYWALK中村耕一の現在…内縁の妻・矢野きよ実との生活

 

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1991年に「何も言えなくて…夏」が大ヒットし、紅白歌合戦にも出場した元JAYWALK中村耕一は現在、かつての彼を思えば見るも無残な姿と言っていいかもしれない。

元JAYWALK中村耕一が薬物で逮捕されたのは2010年3月のこと。

その後懲役2年、執行猶予4年という判決が下り、表舞台に復帰することなく、細々と暮らしてきた。

現在、中村耕一は愛知県名古屋市に内縁の妻である矢野きよ実の自宅に暮らしている。

 

画像: 内縁の妻・矢野きよ実

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かつて矢野きよ実も芸能活動をしていたが、中村耕一が逮捕された影響でレギュラー番組すべてを降板することとなった。

それでは、中村耕一の出所から現在に至るまでの経緯を解説していこう。

拘置所生活を終えた中村耕一が真っ先に向かったのは、薬物依存症専門の病院だったという。

矢野きよ実は彼を社会復帰させるべく、同病院に入れることを決意。それからというもの、中村耕一は薬物の怖さを学び、脱却するための体づくりと、農作業に集中する。その甲斐あってか、その1ヶ月後に退院。

結果、矢野きよ実が暮らす名古屋の自宅に戻ることができた。

中村耕一は改めて自分が犯した罪の重さを痛感し、悔い改める日々を過ごすようになったという。

では、中村耕一はなぜJAYWALKを脱退を決意したのだろうか。


 

Focus 3: 中村耕一がJAYWALKを脱退した本当の理由

 

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中村耕一は自身の薬物における逮捕によって、バンド「JAYWALK」を活動休止に追い込んでしまう。その損害額は5億円に及び、彼一人で返済できるものではなかった。

その責任を負った中村耕一は、JAYWALKの脱退を決意。

かつての栄光はあっという間に崩れ去り、彼に残ったものは何ひとつなかった。そう、大ヒットを飛ばした実績のあるミュージシャンが、単なる無職の60近い男性になったのである。

当然、音楽活動ができない中村耕一に収入などあるわけがない。
そこで彼は食堂のアルバイトを始めた。

しかし、業務に慣れることができず、あっという間に辞めてしまう。

本来であれば、パートナーから見捨てられておかしくない状態だが、内縁の妻・矢野きよ実はそれでも中村耕一を支え続けた。彼女は中村耕一に“主夫”になるよう提言すると、彼はそれに従い、家事全般をこなすようになる。

現在、中村耕一は朝6時に起床し、息子の弁当を作っているという。そして現在の彼は一切、覚せい剤に手を伸ばしていない。そう、順調に薬物から遠のいているのだ。

そして、彼は音楽活動を再開している。

再びその歌声が多くの人を魅了することを信じたい。

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