なぜ清武弘嗣は怪我多き選手になってしまったのか

多くのサッカーファンから復帰が待望され、ようやく完全復帰かと思われた直前に再び怪我をしてしまった清武弘嗣。

サッカー日本代表におけるトップ下においては、本田圭佑よりも清武弘嗣を置いたほうが活きるという声が多かっただけに、再び怪我をしてしまったことは残念でならない。

かつては天才とまで言われた小野伸二も怪我に泣いた選手であるが、清武弘嗣も彼と同じ道を歩んでしまうのだろうか・・・。

今回は怪我に悩まされ続けている清武弘嗣についてまとめた。

清武弘嗣が怪我に悩まされ続ける理由

清武弘嗣のプロフィール

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清武弘嗣(きよたけ ひろし、1989年11月12日 – )は大分県大分市出身のプロサッカー選手。Jリーグ・セレッソ大阪所属。ポジションはミッドフィールダー(MF)、フォワード(FW)。日本代表。

清武功暉は実弟。

引用:Wikipedia 


Focus 1: 4度の怪我に悩まされた清武弘嗣

4度の負傷、焦り、悲願の優勝…セレッソ清武弘嗣が抱く完全復活への決意

(前略)

今季の清武はケガに泣かされ続けてきた。最初はセビージャから古巣に戻った2月の右でん部違和感だ。2月25日のJ1開幕・ジュビロ磐田戦から2戦を欠場することになり、3月11日のコンサドーレ札幌戦で復帰を果たしたが、3月末の練習中に左大腿四頭筋を損傷。4月中旬からピッチに戻ったものの、今度は6月頭に右太もも裏を痛めて2週間後に復帰するという出入りの激しい状況に陥った。

清武はこの頃、「ケガをしないためにいろんなトライはしているんですけどね」と話していたが、成果が出ないどころか、直後に全治8週間という重傷を負ってしまった。思い起こせばハノーファー時代の15−16シーズンにも2度の右足第5中足骨骨折に見舞われているが、近年は負傷の頻度が高くなってきている。その悪循環から抜け出ない限り、清武が本来の輝きを取り戻すのは難しい。誰より本人が一番理解していることであるため、今回は焦らずじっくりケガを向き合う必要があると判断。8月半ばまで都内でリハビリに専念し、大阪に戻ってからも1カ月以上の時間をかけて調整を積んできたのだ。

ソース: Goal.com 

清武弘嗣の才能はおそらく誰もが認めている。

一時期は本田圭佑を勝るパフォーマンスをみせ、トップ下は清武弘嗣とすべき声が高まっていたのは事実。

しかし、プロサッカー選手である以上、怪我をしないことも求められる能力のひとつといえよう。

残念ながら清武弘嗣はこれまでに4度の怪我を負い、本人がもっとも掴みたかったであろう不動の地位を逃してきたのだ。

そしてロシアW杯直前の最後のアピールができる大会「E-1選手権」でも悲劇に見舞われてしまう・・・。


Focus 2: ロシアW杯行きのアピール舞台直前でまたも怪我…

8カ月ぶり代表復帰の清武弘嗣 頭部に打撃受け、精密検査のため病院へ

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ハリルジャパンの“ガラスの司令塔”が、再び不運に見舞われた。

日本代表は6日、都内で9日のE-1選手権初戦の北朝鮮戦に向けた練習を行っていたが、セレッソ大阪MF清武弘嗣がゲーム形式のトレーニング中に接触プレーで頭部に打撃を受けるアクシデントで、病院直行を余儀なくされた。

清武は練習中の接触で頭部に打撃を受け、精密検査を受けるために病院へ向かった。代表関係者は「脳震とうの疑い」と説明しており、結果次第では足首などの負傷で途中離脱を余儀なくされたセレッソ大阪FW杉本健勇に続く、二人目の離脱者となる可能性もある。

今季セビージャから古巣に復帰した清武は、6月25日のベガルタ仙台戦で左太もも裏の肉離れで3カ月間離脱。これが今季4度目の負傷による離脱で、キャリアを通じて怪我に苦しめられた司令塔にとっては厳しいシーズンとなっていた。

セットプレーで正確無比なキックを誇る実力者は、3月のワールドカップ・アジア最終予選以来、8カ月ぶりの代表復帰を果たしたばかりだった。

ソース: ライブドアニュース

脳震盪と診断された清武弘嗣であったが、後の公式会見でハリルホジッチ監督が次のように状態をコメントしている。

「メディカルスタッフからは、10日間は(プレーを)止めたほうがいいと言われています」

あくまで脳震盪以上の症状は出ておらず、回復プログラム通りにいけば、E-1選手権の実戦にも復帰できる可能性があったという。

しかし、清武弘嗣はチームを離れて帰阪した。

長らく続いた怪我から復帰し、最後の代表の切符をつかむためのアピールの舞台で脳震盪とはさぞかし悔しかったことだろう。


Focus 3: 清武弘嗣が怪我多き選手になった理由

 

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怪我に泣かされ本来の才能を発揮することなく、埋もれてしまうサッカー選手は少なくない。むしろ、怪我によってサッカー人生を台無しにされるケースは珍しくないのだ。

どんなに才能があったとしても、怪我が多ければ第一線に立つことはできない。

清武弘嗣もまさに才能が怪我によって抑え込まれている印象であるが、なぜ彼は怪我多き選手のひとりになってしまったのだろうか。

これまでに清武弘嗣は「右でん部違和感」「左大腿四頭筋の損傷」「右太もも裏を痛める」「左ハムストリング筋損傷」とい4度の怪我で戦線を離れてきた。

 

怪我が多いサッカー選手に見られる共通点について調べてみたところ、断言できる内容ではないものの、選手が負う怪我の3分の2は足関節、膝関節、頭部、下腿、足に起きるという。

 

たとえば、過去に足関節を捻挫した選手はふたたび捻挫するケースが高く、重症を負う場合は事前のリハビリテーションが不完全であることが多いようだ。

プレー復帰を焦るがあまり、リハビリテーションガイドラインを厳守しないと怪我の再発につながってしまうのである。

また、柔軟性・弛緩性が一定以上にないと怪我をしやすくなるとのこと。

ロシアW杯の切符をつかむため、必死にリハビリをして復帰した清武弘嗣であるが、怪我をしないためのコンディションが万全ではなかったのかもしれない。

それに人間はきわめて心理的な動物。

 

「怪我をしたくない」という意識があまりにも強すぎることで、それがネガティブな結果を生み出したとも考えられる。

 

清武弘嗣がロシアW杯の切符をつかむために、焦りを見せなかったわけがない。

だが、代表復帰への歯車は悪い方向へと回り始めてしまった。

とはいえ、清武弘嗣のサッカー人生は終わったわけではない。

彼の才能はまだまだ埋もれるはずがない。



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