上原美優がのこした“遺書(メモ)”はまったくの偽物だった・・・

ここ日本には数々の謎多き事件がある。

特に芸能人における謎の死については今もなお話題となっているが、その中でも議論が長く交わされている「上原美優の遺書」はさまざまな噂が浮上している。

タレントの上原美優は2011年5月12日に首をつり自殺。
その後、ネット上に上原美優の遺書と思われる一枚の“メモ”がアップされたのだが、それは漢字のような暗号が書かれた解読困難なものだった。

ということで今回は今もなお噂が一人歩きしている上原美優の遺書における謎をまとめた。

自殺した上原美優のプロフィール

上原美優のプロフィール

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上原美優(うえはら みゆ、1987年5月2日 – 2011年5月12日)は、日本の元タレント・グラビアアイドル。本名、藤崎 睦美(ふじさき むつみ)。プラチナムプロダクションに所属していた。 鹿児島県種子島(熊毛郡中種子町野間)出身。

概要
「貧乏アイドル」として貧しい家庭でのエピソードを明るく話し、プラチナムプロダクションの看板タレントの一角までに成長する。芸能界デビューまでの道のり、及び、その後も死去するまで波乱万丈の人生を送った。

死去
2011年5月11日午後11時頃、東京都目黒区のマンション自室で交際中の一般男性と過ごしていたが、「2時間ほど一人にしてほしい」と男性を外出させたという。その後、外出先の男性の携帯電話に死をほのめかすメールが送られ、折り返し電話をかけても彼女が出なかったため、男性が上原宅に向かったところ、自室のドアにスカーフとベルトで首を吊っており、5月12日午前3時37分、病院で死亡が確認された。満24歳没(享年25)。葬儀は本人の地元の種子島で同年5月15日に行われた。

また、所持品の手帳には「お母さんが死んで辛い。このままのスタイルで仕事して先行きどうなるか」というメモが残されていたという。父親は種子島の実家で取材に応じ、亡くなる前日の午前中、「もう種子島に帰りたい、お母さんのところに行きたい」と電話をかけてきたため、慰めつつ故郷に帰ってくるよう促したところ、その日の夜には元気を取り戻したかのような電話を再びかけてきていたことを明かした。上原の遺体は遺族により、飛行機で鹿児島市内に搬送されたのち、フェリーで故郷種子島に搬送された。通夜は5月14日の夜に葬儀は親族・近親者のみの密葬でそれぞれ行われ、芸能関係者の参列・供花は辞退した。

引用:Wikipedia

 

実はまったくの偽物だった「上原美優の遺書(メモ)」

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結論から言うと、自殺した上原美優の遺書(メモ)は別人によって書かれたものであることが判明している。

つまり、上原美優の遺書などではなく、別人が書いたメモ(暗号)だったのだ。

上原美優の遺書が別人のものであると判明した背景は、漫画家の赤星たみこの注意喚起だった。

そう、あの遺書は赤星たみこの父が亡くなる前に書き残したメモであり、赤星自身がそのメモ(暗号)を解読することができなかったために、ネット上にそのメモを公開して解読の協力を仰いだ、のである。

これについては大手ニュースサイトが報じているので、紛れもない事実である。

なお、以下が上原美優の遺書における真相。

上原さんの名前でネット検索すると、読み取ることが難しいほど乱れた文字で書かれた一枚のメモが「遺書」だとして出てくる。その解読困難な文章を曲解して勝手な解釈を付けているものもある。

しかしこれは赤星さんが2008年10月31日付のブログで公開したもの。3年前(当時)に亡くなった父がその12時間ほど前に書き遺したもので、赤星さんはその困難な解読の協力をファンに求めていた。

 その遺書がひとり歩きをしてしまい、なぜか上原さんの遺書だとして出回ってしまっている。しかもなんと、そのうわさは怖い話を収録したムックとしても発売されているという。

赤星さんは10月9日に更新したTwitterで、自身の公開した画像について「父のアロハシャツの上に載せたメモを、私が撮影したものです」と説明し、ネット上のうわさについて「いったい誰が、いつ、何のために、私の父の遺書を流用したのか」と憤りつつ、「それはでっち上げのウソ記事ですから」と否定した。

 

念のため、上原美優の遺書(メモ)として出回った、解読が困難とされる画像をふたたび掲載させていただく。

 

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そして、赤星のブログでの注意喚起がこちら。(キャプチャー)

 

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では、なぜこの赤星の解読を仰ぐ画像が上原美優の遺書として出回ったのか?

それは2chの某スレが原因で、一部の心ないユーザーによって赤星の父が生前に残したメモ(暗号)が、いつしか上原美優の遺書としてすり替えられたのである。

ネット上ではこの手の悪質な工作が目立っているが、上原美優の遺書もまた実に悪質だったといえよう。

噂はデマだと判明したが自殺の真相はナゾのまま

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このようにネット上に出回っていた上原美優の遺書はデマと判明したものの、彼女が自殺した真相は謎に包まれている。

メディアは“首吊り自殺”として報道し警察もそのように発表しているが、「交際相手は関東連合の幹部だった」「事務所が薄給のギャラで酷使して絶望させた」という情報が。

信頼に値するかは別として、AV監督・村西とおるは自身のブログでその原因について言及している。

また、週刊誌の報道では薄給が原因と指摘。

だが、上原美優の交際相手は市川海老蔵と殴り合い事件を起こした、元関東連合リーダー・石元太一であることを忘れてはならない。(※無論、これが事実とも言い切れないが可能性として考えた場合、上原美優の自殺に大きく影響している要因のひとつ)

 

なぜ上原美優は自殺を選んだのか?

いや、自殺ではなく他殺の可能性は?

 

ネット上では上原美優の自殺に裏組織が動いていた、という意見が多く見られる。

 

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